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海老原靖「Ladies & Gentlemen」

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2011-1-25(Tue)

Ladies & Gentlemen

シャトー小金井

2011.1.22-1.30

海老原さんの
グループ展に行きました。

階段を登ると出迎えられるのが
お尻の絵。

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更に階段を登ると。
そこには、たくさんの男たちが。

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中央には、パーティースプレーを
吹き付けられた
パーティーモンスターと題された小さな男。
パーティーモンスターと名付けられたものの
素顔は見せず
人が集まれば姿は見えなくなってしまい、
蹴飛ばされそうな小さな男。

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首の長い男。
この微妙なバランスが、
奇形な作用を生み引きつけられます。

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バナナの前にいて、
こちらを見つめる男。
何か言いたげ。

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愛というより性欲で成り立つ
3人の男性のアクロバチックな関係。
技を決めるがのごとくの
絶妙のバランスを披露している。

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左右対称の二人。
この二人の関係性は分からない。
この後の行動でどちらが受けてに回るのか、
受けては存在するのか。
そういう意味での二人の関係も、
双子のようにも、恋人同士にも見える二人の関係性も。
中に浮いたような、
着地できないような世界観がある。

ふと写真家・鷹野隆大さんの
「男の乗り方」のコンセプト文を思い出した。
(以下抜粋)

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「十年来乗ってきたママチャリをスポーツタイプに乗り換えた。
ぴかぴかのイタリア製高級車だ。
自転車は普段から下駄代わりによく乗る。
ぼくにはもっとも馴れた乗り物だ。
いつもの気安さで近所を走っていた、その時だった。
狭い歩道で向かいを歩く人の背後から急に自転車が飛び出してきた。
とっさにブレーキをかけようとしたが、
握った指は空を切り、ぼくはそのまま電柱に突っ込んだ。
いままでと形状が違うため、
体が記憶している位置にブレーキがなかったのだ。
以来、新しい自転車は普段履きの下駄からよそ行きの革靴になった。
見栄えはいいが、乗るときは緊張を強いられる。
今回はすべて男の写真で構成する。
自分も男だし、馴れたつもりになっていたが、
まだまだ撮り方が足りないことに、ふと気が付いた。」

完璧なまでのバランスをとる
性欲でつながる三人。
首が少し長い男。
バナナの前で何か言いたげな男。
親密な行為に及ぶ関係性が分からない二人。
人が集まれば見えなくなる
顔を隠した小さなパーティーモンスター。

様々な角度で、
見る者のバランス感覚を
微妙に狂わせる
世界が広がっていました。

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そして、その向こうでは
海老原さんが白ブリーフ姿で暗がりの中で1人
ある意味すごく安定したダンスを踊ってみせていました。



和田昌宏「Big Tomorrow」

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2011-1-17(Mon)

和田昌宏
Big Tomorrow
Art Center Ongoing
2011.1.8-1.16

和田昌宏さんの個展を見に行ってきました。

何やら、赤い管が空間を支配しています。

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なんでしょうこれは。

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換気扇もついてますねぇ。

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数日前に行われた
オープニングのパフォーマンス映像が
このトンネルの中で流れています。

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見ている状況もあいまって、
すごく求心力を感じる映像です。

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そしてこれ。
オープニングのパフォーマンスで、
宝くじを食べて出したうんち。

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ほんの小指ほどの、かわいらしいボリュームですけど、
これが、まさにこのインスタレーションのラストピース。
この奇妙な装置が、命を吹込まれたかのように、動き出したのでしょう。

宝くじを食べて出したうんち。
そう聞いた途端に
ただのうんちに見えなくなるから不思議。

うんちの姿、形をした
何だろう。
希望?マイホーム?

魔法でカエルに変えられた王子はいるけど
さすがにうんちにされたって話は
聞いたことがない。

さすがに、うんちだと
どうにもこうにも救いがたい感じです。

元の姿に戻ることのないうんちは、
ただただそこにいるだけ。

ただ、放つ微量ながらの香りは、
逆戻りで元の姿に戻ることを期待してなのか、
更に進んで、更なる変身を期待してるのか、
はたまた、自身にとっての金塊を求めているのか、
魔法のトンネルをゆらゆら漂っている。

ゆらゆらゆら。

こうして、真っ赤な管で支配された空間は、
奇妙なお話が繰り広げられていく童話の舞台装置へと
僕の頭の中で変化していきました。

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WHO取材記 黒沼真由美 VOL.06

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2011-1-13(Thu)

次号のWHOで特集するのは、くろちゃんこと黒沼真由美さん。

対談パート2は、
くろちゃんとは10年近くの付き合いのある
藤田先生との対談。
専門は、寄生虫学、熱帯医学の医学博士。
寄生虫とアレルギーの関連の研究、
人畜共通感染症の研究、
感染症と水の研究等をされています。

都内にある藤田先生の事務所にお邪魔しました。
棚にはサナダ虫やら、藤田先生著の本やら。

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「サナダ虫は3000匹の運命共同体。」

「昔から日本人は生き物に対してやさしかった。
一茶の俳句でも"やれ打つな、蠅が手をする、足をする"ってあるでしょう。」

「キレイと汚いということが、言葉遊びになってしまっている。」

共生するとはどういうことなのか。
キレイとは、汚いとは、どういうことなのか?
興味深い対談が続きます。

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ひとつではないはずの、キレイ、汚い、といった概念が一つの方向に向かい
わずか20数年間で、70%以上あった回虫の感染率が0.2%以下になった。
皆が一斉に同じ方向を向いて動く日本の国民性は、時として恐ろしい。
そうした状況の中で、同じ方向に向かず研究を続ける藤田先生と
作品を作り続けている黒沼さん。
そこには大事なものがあるんだなぁと感じる2人の対談でした。

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あっという間の2時間が過ぎ
すっかり、サナダ虫のファンにもなってしまいました。
なぜワシントン条約で守れていないのか疑問に感じるほどです。
すっかり長居をした上に、
コラーゲンシロップ付きコーヒーゼリーまでごちそうになりました。
初めて食べたコラーゲンコーヒーゼリーはおもしろい味でした。

多分一昔前までは、
コーヒーとゼリーが出会った。なんて、
それだけで物珍しい食べ物だったのに、
コーヒーゼリーだけでは、もはや「異質の組み合わせ感」が出ず
そこに更にコラーゲンを付けるのです。
じゃあ、じゃあ、次これとこれは?って
色々組み合わせてみたくなるんですよねぇ。
気持ち分かります。

細胞等を観察、検証して、そこから事実を導いていく医学と
もっと主観的で、事実とは別のところにある美術。
今日は一種の異分野組み合わせ対談でした。
そこには、分野の代表として臨むある種の緊張感もあり、
話がどこにいくか分からないおもしろさもある。
なおかつ、同分野の人同士が共有している常識や感覚がないので、
具体的な話にもなりそう。

ハーモニー重視の対談もいいけど
マングース対ハブのような、
異種格闘技のような対談も
それはそれでおもしろそうだなぁ。なんて
コラーゲン入りコーヒーゼリーを食べながら思いました。
READY SET FIGHT!

でも待って。
マングース対ハブだと、
結果が分かりきったものになってしまう。

そこは、企画側が魅力的なテーマを持って
互いの魅力を存分に引き出すものにしなくては。

じゃあ、マングースは、好物の生卵を片手に持ったまんまで。

FIGHT!
カーン!



WHO取材記 黒沼真由美 VOL.05

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2011-1-10(Mon)

次号のWHOで特集するのは、くろちゃんこと黒沼真由美さん。

今回は対談です。

WHOでは、特集作家の作品を
キュレーターや批評家といった美術関係者が
どう見ているのか話を聞くべく、
毎号、作家と交流のある美術関係者との対談を行ってきました。

くろちゃんの対談相手は、AITのディレクター、インディペンデント・キュレーターの
ロジャー・マクドナルドさん。

前回の和田さん、前々回の原さんと
今回で3回連続の登場で、すっかりおなじみです。

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二人の出会いから始まり、
くろちゃんが持つ人間中心的でない目線、
人間の領域ではない所に対する興味から
日本の美術の中での位置まで、
興味深い話が続きました。

特に印象に残ったのは、
ロジャーさんの
「僕から見るとマユミがやってきたことの裏にはストーリー、
哲学のようなものがゆるやかにある。」という話。
取材を重ねる度に、黒沼さんの作品の裏には、
長い時間かけて凝縮された何かがあると感じていました。
「ゆるやかな哲学が流れている」という表現はすごく納得。

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美術の世界だけにとどまらず、
様々なものとリンクさせて
作品にへアプローチしていくロジャーさんの話は、
聞いていてとても楽しい。
作品に対する入口を本当にたくさん知っている。

原さんとの対談時には、
人々との会話から言葉を拾い出し、
絵と共に建物の窓から発信するという原さんの作品に対して、
どんどんと隠されていく個人の声や記憶を呼び起こす
考古学的な要素があると。

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そして、和田さんとの対談時には、
クリスマスライト、手彫りの熊、チラシといった、
どこにでもあるようなものを組み合わせる和田さんの作品を、
様々なプロセスを経て物質をトランスフォームさせ
何か価値のあるものを生み出そうとする錬金術ようだと。

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「考古学的」、「錬金術」
こういったキーワードが入口になって作品を見ると
今までとは、また違う魅力を発見できる。

入る入口によって全く違う印象をうけるところも
美術のおもしろさだと思う。
かわいらしく見えていたものが、
おそろしく残酷なものに見えたり、
すごく政治色の強いものに見えたり。
作家が意図していないような入口があってもいいのでしょう。

WHOも作品に対して、新たな入口を
提示できるような存在でありたいです。



         

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editor profile

杉原洲志 Shuji Sugihara
1976年生神奈川生まれ。
WHO編集長/アートディレクター

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