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Report: Sato Masaharu VOL.03

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2014-2-1(Saturday)

WHO取材記 佐藤雅晴 VOL.03

佐藤さんの「ダテマキ」の展示を見に行きました。
伊達巻きを作る様々な行程が
プロジェクションされています。

卵を主原料とする黄色液体が
かき回され、平になり、熱せられる等
機械によって様々な処理が加えられていきます。
その扱いが何か馴れすぎている。
あ、もうちょっとゆっくりとか、
そういうコミュニケーションは一切存在せず
あれよあれよという間に伊達巻き化されてゆく。
着々と作業を進めていく機械の動きに
PC上で見た一枚の画像からは感じなかった
残酷さのようなものもを感じました。

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それでも伊達巻きを作る機械の動きは、人間の動きを元にしている。
元をたどれば、とろみ具合、巻き具合は、こんなもんかな?と
たえず卵の状態をみながら、次の行程に移るという、
人間の手作業にたどり着くはず。
長い年月をかけて語り継がれたおとぎ話が
人間の愚かさや残虐性を隠して持っているように、
効率よくおいしい伊達巻きを作るために進化した動きは
人と卵の対話の部分を隠し持っている。

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こちらはソフィ・カルの「本当の話」。
この間知り合いから借りた本なのだが、
10年以上も前に佐藤さんからもらった本だと言う。
ソフィ・カルは、たいして面識のない男を
ベネチアまでおっかけていき町中を尾行したり、
探偵を雇い自らを尾行させたりする。
この本は、その時に撮った写真、文章や探偵の報告書で構成されている。

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最近いつ尾行したかはちょっと記憶にないけど、
小学校の時、学校からの帰りに何人かの友達で、
クラスメートを尾行することが流行ったことがある。
いつ後ろを振り向いて気づかれるかもしれないというスリルはもちろん
一定の距離を保ちながら後からついていくことがやけに楽しかった。
教室の中とも、遊んでいる時とも違う
こちらが一方的にとる不思議な距離感。
その距離感で見る、いつもの通学路を歩くクラスメートの姿は、
どこか他人のようにも見えたのだと思う。
だから、その距離感を保ったまま終わることに居心地の悪さを感じ、
毎回、皆で後ろからかけていって、気づかなかったでしょなんて言いながら
クラスメートに軽く体当たりするところで尾行は終わった。

「本当の話」の巻末にあった、
ジャン・ボードリヤールの解説「プリーズ・フォロー・ミー」には
こんなことが書かれていた。

「他者を尾行すること、それは他者に事実上二重の生を与え、並行する存在を与えることだ。
こうした二重化の効果こそがありきたりのオブジェを超現実化し、
そのまわりに誘惑の奇妙な(時として危険な?)網を張りめぐらす。」

「他者の後をつける者もまた自らの重荷を軽減される。
なぜならそれは他者の足跡へと盲目的に身を投じることなのだから。
ここにもまた驚くべき相互作用がある。
両者にとってそれは自らの固有の存在の解消であり、
主体としての場所を保持するという耐えがたい努めの解消なのだ。」

「ダテマキ」は福島県いわき市にある丸又蒲鉾製造で撮影された映像を
PCに取り込みそれをトレースするという方法で作られている。
「なるべく撮った写真に近づけるようにしています。
アナログの絵だと筆跡や、絵具の重なりでボコボコしたり、痕跡が残る。
デジタルで絵を描く上で自分が取り組んでいるのは、アナログの世界ではできないこと。
デジタルの世界はすべてが0と1に還元されていくから風合いですら数字になる。」
と佐藤さんが以前言っていた。
何かを強調することも、筆跡は残すようなこともせず、
現実に近づけることを意識してPC上で画像をトレースしてゆく
佐藤さんの制作方法は、モチーフの後をぴったりとつける尾行のよう。
離れることも近づく事もなく、最初から最後まである一定の距離を保ち、
目に見えるもののみが写し取られた虚と実が入り交じった世界。
そうしてできた絵の集合体で動く機械は、
モチーフに完全にコントロールされた動きのようにも
効率よくおいしい伊達巻きを作るという役割や目的から解放された
もしくは、それらを見失った迷子のようにも見える。
おとぎ話に出てくる工場のように
ひたすらダテマキを作り続けている。

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BOOKS:魔の山

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2014-1-19(Sunday)

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物語の舞台は、アルプス山脈にあるサナトリウム。
時は、第一次大戦前、世界各国から裕福な患者が
療養のために、そこに集まっている。
ベランダ付きの個室があって、しかも一日5回の豪華な食事付。
一日中ベッドの中で過ごす重症患者以外は、
大きな食堂に集まり、そこでご飯を食べ、
その後散歩し、そしてベランダにある長椅子に横になる、
そうするとまた、食事の合図があって、という具合。

風邪をひいて会社や学校を休んだ時の
あの昼間から寝てる事が正当化されたような
解放感をよく覚えている。
それでも、2日目の夕方ぐらいからは、
もう十分よくなって、
何となく居心地の悪い気分になってくる。

もちろんサナトリウムで暮らす患者の病気は
そんなに簡単に治るものではないし、
彼らには、十分財産があるから、働く必要もない。
下の世界の社会的な義務や責任から解放された
まさに放りだされた状態。
摩擦がいっさいない無重力状態のよう。
風邪での病欠なんかとは比べようもないくらいに
時間がありあまっているこの状況がおもしろい。

そこでは、独特の価値観や習慣が養生されている。
患者たちにとっては、
ベランダでの横臥療法の際、毛布を体にまきつける手順や
日に何度も計る自分の体温こそが重要で、
下の生活はどこか冷酷で愚かにも感じている。
療養中の従兄をお見舞いにきた主人公のハンス・カストルプが
その独特の価値観や習慣に驚き、時に小馬鹿にしつつも、
次第に、魔の山の魅力にとりつかれていく様、
傍観者から当事者へと変貌していく様はとても興味深い。

患者たちが夢中になる色々な流行もおもしろい。
例えば、目隠しして絵を描くことが流行ったり、切手集めが流行ったり、
写真撮影が流行っていた頃には、
自分の部屋を暗室にする者が出てくるぐらいの熱の入れよう。
あらゆる種類のチョコレートを積み上げておいて
それをむさぼり食べることが流行ったりもする。
多分チョコレートの山は次第に高くなっていったのだろう。

どんどんどんどん。
何も止めるものはないのだから。
でも、いずれその熱も冷めてしまうのだろう。
チョコレートを積み上げることが
食べる寝るぐらい日常化されてしまうと、
いつもとは違う何かを求める。

下の時間から解放されたことを喜び
無重力状態を謳歌しつつも、
引っかかる何か、どこかにつながっている何か
にどうしようもなく憧れる様は
どこかユーモラスで不思議な魅力があった。

患者の一人が「くしゃみ」に対してこんなことを言っていた。
「うっとりとした顔で息を二度三度あらあらしく吐いては吸い、
ついに観念の眼を恍惚として閉じて甘美な爆発に全世界を忘れる快感。
しかも、それはしばしば二、三度つづけざまに訪れてくれるのである」

また違う患者は、音楽のことを
「あっという間にまわりの混沌の中に消えてしまわないように守られていて、
時間を分割し、内容をもたせ、満たしいつも何かがはじまっているようにする。」

と言っていた。

くしゃみをまるで、
たまに訪れる魅力的な来客かのように感じるなんて
まさに、この状況下ならではの話。
それでも、どこかすっと入ってくるものがある。
1900年代初めのヨーロッパにある豪勢なサナトリウムという
時間的にも距離的にも経済的にも遠く離れた世界の話には、
ふと置いていかれることや、難解な部分も多々あったが、
ぐぐっとその距離を縮めてくる瞬間もちりばめられていた。
その、いつもとは違う何かに
つながっていく気持ちよさに見事にやられました。



Design:EKI by yamma

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2013-12-15(Sunday)

ヤンマ産業のショールーム EKI by yammaの
オープニングインビテーション等をデザインをしました。

http://yamma.jp

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magic

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2013-11-2(Saturday)

この夏、一ヶ月程姉家族と過ごすことになった。
姉には、6才、8才、14才になる3人の子どもがいる。
幼い子どもとあんなに長い間過ごしたのは初めての経験だった。

あまりに単純で純粋な考え方を目の当たりにして
全く別の生き物と接しているような気分になったり、
何の躊躇もなく楽しい方へと転がっていく姿にハラハラしたり、
その強引さに苦笑したり、笑ったり、怒ったり
本当に忙しい一ヶ月となった。

印象的だったのは、
彼らが、たやすく色々飛び越えてしまうということ。
その辺に落ちている石は月の石へ、
椅子をひっくりかえせば飛行機へ
魔法をかけたように
一瞬にして何か別のモノへと変えてしまう。
そしてこちらも
手を引かれて強引にどこかにつれていかれるように、
その魔法にかかってしまう。

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こちらは5年程前森美術館で見た
アネット・メサジェの「カジノ」。
ここでも、「色々飛び越えて何かにつなげる魔法」に
かけられたことを覚えている。

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奥の部屋から送り込まれる空気によって、
床一面に広げられた赤い布が、
ダイナミックに膨らんだり、しぼんだり、波打ってゆく。
その様をしばらく見ていると、
その大きな装置が
遠くの何かとつながっているように思えてきた。
自分が知っているもの、考えたり感じているものが、
ただの一部でしかなく、その先がある事実を知ったような、
新しい場所に案内されたような、そんな安堵と興奮を覚えた。

小さい頃ひんやりとしたタオルケットの肌触りが好きで、
自分の体温で徐々にそのひんやり感が失われていくと、
ひんやりとした部分を求め手足を移動させていくなんてことをやっていたが、
まさにそこに真新しいタオルケットが一枚丸ごと投げ込まれたような、
いやいや、ひんやりとした真新しいタオルケットが
うず高く積まれている場所に案内されたような気分だった。

そういえば、甥っ子も
タオルケットの肌触りが好きらしい。
だよねぇ。その気持ち分かる分かると思った。
次会う時には、何にそうそうと同調し
何に苦笑して、何にびっくりさせられるのか楽しみだ。



Report: Sato Masaharu VOL.02

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2013-8-9(Friday)

WHO取材記 佐藤雅晴 VOL.02

ある時、佐藤さんに会ったら
すごく日に焼けていた。
夏の間に会う佐藤さんは大抵の場合
カーキー色のタンクトップを着ているので、
いつも同じ印象を受ける。
だからか、いつもと違う佐藤さんの姿を見て、
これはちょっとした事件だと思い、
何事があったのかと理由を聞いてみると、なんてことはない
「毎日買い出ししているからね。」ということだった。
毎日の20分程度の自転車で
少しつづ日に焼けていくのはもちろん理解できる。
それでも、そんなはずはないでしょう、
そのいつもと違う感じは、
それに見合った何か特別な行為の結果でしょう
と勝手に思って何かすっきりとしない気分だった。

対して、こちらのデニス・オッペンハイムの
その名もReading Position for Second Degree Burn
(日焼けの第二段階のための読書姿勢)は
行為と結果が直結したような跡。
その間には何の誤解も一方的な見解もなく、
何かを置いて、そして取り除いた行為を
的確に表している跡だ。

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今度の佐藤さんの作品は伊達巻き作る工場が舞台。
まぜる、のばす、焼く、切る。
必要な跡がついたものが次の行程へと
進み最終的に商品となる。
工場の生産過程はそうした跡をつけているようで、
跡を消す作業のようにも見える。
何十年、何百年と生きた木材や
何万年もの時間を経てできる石油など原料が、
いくつもの跡をつけられて
何の跡もついていないような
真新しいものに生まれ変わっていく。

真っ白なおニューの靴を学校に履いて行った日は
その靴を欲しがった自分がそのまま靴に表れているようで、
少し気恥ずかしかったことを覚えている。
そして、校庭を走り回り、泥道を歩き、
段々と跡をつけていくことで、
購入したという行為の跡は薄れていくのだ。

佐藤さんの作品は、写真をなぞるという行為で出来上がる。
今回は、東日本大震災の津波によって多大な被害を受けた
福島県いわき市にある丸又蒲鉾製造で撮影したものを
パソコンに取り込みトレースし
それをつなぎあわせてアニメーションにしている。
跡をつける機械も、その機械がつけた跡も
同じルールでトレースされていく。
その跡は決してつけられたものではなく
描かれてものだ。
跡をつけるモノとつけられたモノの差は消失し、
同等のものとして目に映る。
そして、いくら精巧に現実をトレースしているとはいえ、
それが描かれたものだと分かれば現実感は失われていく。

「日常という言葉を使うことによって
物のとらえ方が断絶する可能性がある。」
と佐藤さんは言う。
とっかかりやすい言葉ではあるが
今までの日常を取り戻そうとしている日常があったり
様々な日常があるのに、
何かいろいろなことをひとまとめてしてしまっていると。

佐藤さんが現実をトレースすることでできる跡は、
まさに、この「日常」という言葉によって
様々なものが内面化、透明化されていった跡のようだ。
その跡は何かが消失した跡でもあるけれど
同時に何かを露にする跡となるのでしょう。

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Report: Sato MasaharuVOL.01

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2013-7-9(Tuesday)

WHO取材記 佐藤雅晴 VOL.01

アートペーパーWHOvol.01で特集した佐藤雅晴さん。

アニメーションの手法を使い
現代美術作品を発表する佐藤雅晴さんの
映像作品を初めて見たのは、
2009年の岡本太郎現代芸術賞展で
展示された「Avatar11」でした。

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横一列に並んだ11つのモニターに映されていたのは
人が振り向くというアニメショーン。

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中でも、車の運転席から後部座席に振り向くように
こちらに顔をむけるドイツ人男性が印象的。
「どこに行こうか」「着きましたよ」といった感じで
タクシーや知人の車等でよくある
シチュエーションだからかもしれない。

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ちょっと悲しげな表情で、何か言いづらそうな感じも気になる。
聞けば、モデルは佐藤さんがドイツに滞在していた時の知人で、
クラシックカーの愛好家だと言う。
何か言いたげにゆっくりと振り向かれると
「汚してないですっ」という気分にもなる。
そして、用が終わったかのようにまた前を向く。
それを永遠繰り返す。

ストーリーが展開していくにつれて、
登場人物に対して、感情移入できたり、愛着を感じるアニメーションと異なり、
佐藤さんのアニメーションは、
長い間その前ですごせばすごすほど、
逆に主人公たちの人間くささが失われていく。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」で、
兄弟の父であるフョードル・カラマーゾフが
物語の冒頭、こんなことを言っていた。
「どこかのフランス人が地獄のことをそんなふうに書いていたっけ。
(わたしはブラシの影で馬車の影を磨く御者の影を見た)とかな。」

影の主であるブラシや馬車や人を完全に無視した
この表現がすごく印象的だった。
よく知っているモノの存在がいきなり排除されたような、
一部だけ見てそこが世界のすべてであると言っているかのような、
何か得体の知れない居心地の悪さがあった。

佐藤さんのアニメーション作品に対しても
同じような居心地の悪さを感じる時がある。
現実の風景と見間違う程に精巧にトレースされた世界が
プチンっとつなぐ糸が切れたかのように
ある瞬間何ものにも従属しない世界へと変わる。
知っているものが、知らないものへ、
理解していたものが、理解できないものへと。

さらに居心地を悪くさせるのが、
「Avatar11」の11という数。
11人がランダムにこちらに振り向いてくるという状況にいると
どうしても見ているという感覚よりも
見られているという感覚の方が強くなる。
しかも、彼らの視線が何を求めているのか
全く検討もつかない。

私たちがモノを見る時の
その対象物を
理解しようと、所有しようとする視線を
見事にはねかえして、
逆にどこに答えがあるかさえ分からない疑問を
投げかけてくるのです。



BITE VOL.19 hole

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2013-6-27(Thursday)

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「つらい時も腹は減るんだよねぇ。」
NHKの朝ドラで耳にした台詞。
母親が生まれて初めて失恋した高校生の娘に向かって
言ったこの台詞は、よく聞くモノだし、
実際自分でもそんな経験はある。
そりゃあそうだと、少し過食気味な気分になる。
でも今回は、その続きがあった。
「で、焼きそば食べると歯に青のりつくんだよねぇ」
この台詞がすごく気に入った。
何かに穴があいたかのようにそこから
笑い、恥じらい、滑稽さ、などなど一気に流れこんできた。

小さい頃、公園の砂場で山を作りトンネルを掘るのが好きだった。
友達とこっち側と向こう側の二手に分かれてひたすら掘り続ける。
そうすると、じゃりじゃり、から全く異なる感触にぶつかる。
あのつながった時の感覚は忘れられない。
そして、誰も見えないところで手がふれあう
あの気恥ずかしさも忘れられない。
向こう側につながった時の感覚と砂場に密室を作るために
せっせと砂を集めていたようなものだった。

オスカー・ワイルドの言葉、
「素顔で語る時、人はもっとも本音から遠ざかるが、
仮面を与えれば事実を語りだす。」
仮面は隠すところと見せるところが
見事にコントロールされた代物だ。
目の部分に2つの穴があいた壁を挟むことによって
人はより大胆により本質的になるというのだ。

同性愛者の回りにも壁は存在する。
隠すところと見せるところをコントロールするために
自分でたてた壁もあれば、
いつの間にか誰かがたてた壁もあるし、
取り壊すことは不可能な分厚く高い壁もある。
それでもどんな壁でも、そこに穴をあけることはできる。
そして、その穴からは、待ってましたとばかりに、
見たこともないもの、知りたくなかったこと含め、
いろいろ流れこんでくるのだ。

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Biteは、ゲイの存在を様々な角度から
探っていくビジュアルブック。

どちらにも固定されない不安定さ、
曖昧さが持つ可能性を探って行きます。



Design:9 Holes

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2013-4-6(Saturday)

9つのアニメーション映像により構成される
ナイン・ホール 佐藤雅晴展の
ポスター、チラシ、のぼりのデザインをしました。

2013年2月15日〜3月7日
川崎市市民ミュージアム 映像ホール

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また、展示期間中に
展示場所で配布されるフリーペーパー
アートペーパーWHOを発行しました。

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Report: Ogaki Mihoko VOL.05

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2013-4-5(Friday)

WHO取材記 大垣美穂子 VOL.05

次号のWHOで特集するのは、大垣美穂子さん。

即身仏に興味を持つ大垣さんが今回対談相手に選んだのは、
即身仏の研究者であり、民俗学者・写真家の内藤正敏さん。

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内藤さんは、学生時代には化学を学び
化学反応を取り入れた写真作品を制作していたとのこと。
そして25歳の時に即身仏と出会い
以来、東北地方の民間信仰や民俗にどっぷりとはまって、
民俗学者、写真家として、数々の書籍、写真集を刊行してきました。

こちらは、死者の霊を呼ぶ口寄せ巫女を撮った「婆バクハツ!」より。
内藤さんの被写体は、目の前の人物から風景まで拡大してゆき、
光が届くかどうか分からない闇にむけてフラッシュを焚き、
浮かび上がるものをとらえ続けてきました。

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「日本文化は3つぐらいの目ん玉を
持ってないと解読できないです。」と内藤さん。

そして、大垣さんの作品には、
全然違う話を想像力でつないでいく面白さ、
その重層性を解読する面白さがあると。

無数のビーズで覆われた宮型霊柩車「before the beginning -after the end#2-」に対して、
世界が映りこんだミクロコスモスが集まって、
まるで、華厳経の世界のように、
「生」と「死」のマクロコスモスを形成していると内藤さん。
地球生命35億年、宇宙、修験道、即身仏といった
独特の世界観とリンクさせながら、大垣さんの作品を解読していきます。

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今回の対談で印象的だったのは、
「生からは死は視えないが、死からは生の本質がよく視えるんですよね。」
という内藤さんの言葉。

誰もが経験したことのない死の世界は、
どういうものなのか検討もつかない
私たちにとっては、まっくらな闇のような世界。
即身仏には、死へと境界をまたいでいった想像を絶する時間を
集積させたような圧倒的な存在感があります。
大垣さんは、即身仏に憧れながらも、
即身仏の強さを目指しているわけではない。
「作品を通じて、作品を見る人と同じ生の側から、
生と死を描いて行きたい」と。

死という闇の世界を生の側から凝視し続け、
生の本質を具現化しようと試みる二人の
知識と好奇心あふれる対談です。

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Design:OZONE

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2012-10-15(Monday)

この秋、リビングセンターOZONEで開催される
インテリアデザインや住まいにまつわるイベントや
ショールームの新情報を紹介する
リーフレットをデザインしました。

http://www.ozone.co.jp/

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Shuji Sugihara
1976, Born in Kanagawa Japan.
WHO chief editor/art director

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